避けられている。
ルックは密かに嘆息した。その様子に気づいて、通りがかったフィルとナナミがどうしたのー? と無邪気に声をかけた。
「なんでもないよ」
追い払うように、ルックは冷たく言い放つ。ナナミはむっと腰に手をあてた。
「帰ってきたばっかりなんだから、まずはおかえり、でしょー」
膨れるナナミの後ろを、今回遠征に出ていた面子がくすくすと笑いながら通り過ぎていく。それを横目で見ながら、「スィンは?」とルックはぽつりと問う。
「スィンさん? 今日は途中で別れたよ?」
何か用だったの? フィルがやはり無邪気に問うた。
ルックは「別に」と素っ気無く応える。ナナミはますます膨れ、フィルは苦笑いした。
避けられている。
ルックは嘆息する。あの医務室の出来事から十日が経っていた。
最初の一週間は静養のために、フィルにも釘を刺して会いに行かなかった。そして一週間ぶりに会う彼は、どうにも他人行儀だった。個人的に話す隙も暇もなく、それどころか、今までふたりの間にあった親しみの空気はなくなってしまったようだった。
避けられているのだろう、これは。すでにそれは、ルックのなかで確信となっていた。
しばらくぼんやりと考えてみる。放っておいたほうがいいのか、それとも突き詰めてしまったほうがいいのか。
あのとき、医務室でのやりとりは、告白というよりも、互いの距離を縮めるために必要なものだったと、ルックは思っている。
それに、多分――。
考えてしまうべきかどうか、一瞬だけ躊躇して、ルックは結局答えを出した。
――スィンは、自分のことが好きだろう。
多分、とそのあとについ続けてしまうのは、やはり相手がスィンであるためだ。好意の有無の問題ではなく、スィンという人間の考えるところが、ルックには計れないことのほうが多かった。傍から見ていて、あの人間の在りようは支離滅裂だ。
それでも、ルックは誰よりも、彼のことを分かっている。そう、自負している。少なくとも、今この軍のなかの人間よりは、誰よりも。仮に劣るとするのなら、あの過保護すぎるほど過保護な保護者と、彼の手の内に眠る人間たちにくらいだろう。
父親と、彼に想いを託した女性。それから、親友。紋章の内に眠る、スィンが心を許した人間たち。
ルックは知らず、奥歯を噛んだ。
その人間たちのことを考えるとき、ルックは自分でも知らなかった、身の内に在る暗い感情に気づく。特に、彼の親友のことを考えると。
ひとつひとつ今ルックが詰めているこの距離は、彼の親友にはなかったものだろう。
スィンから何かを聞いたわけではない。それでも、一緒にいれば分かる。
噛み締めた奥歯が、ぎり、と音を立てる。ルックははっとして、首を振り、ゆっくりと息を吐いた。
彼の親友。魂を喰らう紋章。
得たものと失ったもの。後悔との葛藤。
――雨のにおい。
ルックは外へと足を進めた。陽の落ちかけた空に、黒い雲が走り始めている。
今、スィンが何を思っているのか。ルックは空を仰ぎながら考えた。
分かるような気がした。
2006.03.22
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