early morning
novel
目覚めると恋人は猫になっていました。
early morning
「馬鹿らしい」
寝起きでもさらさらとした髪をかきあげて、ルックは自分で自分に突っ込みを入れる。寝惚けるにも程がある。
大体恋人とか。そういう甘ったるい呼称が大嫌いだし何か確かに互いに言い渡したものがあるわけでもなし。――いや今問題にすべきのはそこではなくて。
ルックはとりあえず、起き上がってみた。欠伸をひとつ噛み殺す。
それから左を見下ろす。ひとがいたはずのその場所には、毛並みのいい黒猫がいっぴき。
くるくるとした賢そうな目は、黒とも言えない不思議な色で、闇のようだと表すのが最もしっくりくる。
「…………」
見れば見るほど、似ている。ルックが凝視している先で、猫がニャア。と鳴く。
「…………ス、」
名前を呼ぼうとして、とどまる。ばかばかしい。
溜息を吐いて、ルックはその猫の頭に手を乗せる。ごろごろと喉を鳴らしながら、まるでルックが頭を撫でているがごとく、猫はその手に額を擦り付けた。
ニャア。鳴く。
瞳の大きな目を見ているうちに、ルックは分からなくなってきた。
何と言っても、相手が相手だ。昨日は人間だったけれども今日は猫になってしまいました、なんていう非常識な真似をしても、おかしくはない。かも、知れない。
――寝起きのいいルックにしては、その日、珍しくも寝惚けていた。朝が早いせいもあり、頭は働いていなかった。普段ならば横に猫がいたくらいで動揺するようなことはない。
しかし、寝惚けていた。
そもそも、何故ここに猫がいるのか。
昨夜ここにいたのは人間だ。彼は何処に行ったのか。
これらの理由が全て、目の前に凝縮されているように、思った。
「……スィン?」
「なに?」
キィ、と部屋のドアが開かれる。猫と真面目に向かい合っているルック(寝惚け気味)の姿は、ばっちりと訪問者の目に留まった。
「……笑いたければ笑えば」
声も出さずに蹲るスィンを見て、ルックが全く不機嫌な様子で言った。スィンは息も絶え絶えに「ごめん」と謝り、部屋に入り扉を閉める。
ニャア。猫が鳴く。
「これは?」
「ユズちゃんから渡されてね。里親を探してくれないかって」
城内に迷い込んできてしまったらしい、とスィンは言い、猫の背をつるりと撫でた。
「そう」
ルックは投げやりに相槌を打つ。スィンは笑いを堪えたような困ったような顔で、ルックを覗き込んだ。
「僕が猫になったと思ったの?」
「笑いたければ笑えばって言っただろ」
いまやすっかり目が覚めたので、先程までの自分の行動がルックには信じられない。しかも本人に聞かれてしまった。
「いや、それも面白い考え方だなと思って」
うん、とスィンは頷く。ルックは不審げに、それを見やった。「何か、」
「ろくでもないことを考えてない?」
「ろくでもないこと?」
スィンは心外だと言わんばかりに目を大きく見開いた。けれどもそれはあまりにわざとらしく、ルックの眉間にしわが寄る。
スィンもそれが分かったのか、悪戯を仕掛け終わったような子供のような表情で、笑った。
「僕は、なりたくても猫にはなれないな」
「なりたいの?」
ルックの反射的な問いかけに、スィンは「どうだろう」と呟く。
「猫になっても、あんまり変わらないような気がするよ」
その応えに、ルックが額を押さえて嘆息する。「全く君らしい発言だね」と呆れた様子。
そして「猫になったら知らないよ」とさらりと続けた。
「君が猫になったりしても、僕は助けたりはしないから」
「ああ、それは困るね」
スィンが笑って、「じゃあずっと人間でいるよ」と猫の背をまたつるりと撫でる。
何て戯言だと呆れながら、全くもってそうして欲しいものだとルックは半ば本気で願う。
それでもやはり疑わしいので、ルックはスィンの耳を確認するように指を滑らせた。そのままついでのようにキスをする。
目を隠されるようにあてがわれたスィンの手の下で、黒猫がニャア。と鳴いた。
end
2005.09.05
novel
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