触れる音

novel



 遠征メンバーが本拠地に帰還したのは真夜中だった。
 瞬きの手鏡をしまいつつ、フィルはパーティメンバーの全員の顔を見渡す。きちんと揃っていることを確認すると、遠征に同行してくれたことへの礼を述べる。
「これで解散します。今日明日はゆっくり休んでください。お疲れさま!」
 いつも通りの挨拶を聞き終えると、メンバーは各々部屋や酒場へと足を向けていく。まだ起きていた住人たちがそれぞれにお疲れさま、と声をかけている。
 スィンはさて、と棍で自分の肩を軽く叩いた。夜遅いせいだろう、ビッキーの姿はすでに見えない。バナーの村までのテレポートは望めなさそうだった。
(まあいいか)
 軽く息を吐き首を回す。最近身体が鈍っているような気がするので、たまには少し歩くのもいいだろう。今回の遠征は少し長かったために体力は削られたが、帰られないほどではない。フィルのほうを振り仰ぐ。何人かに囲まれ、安否の確認や挨拶に追われてるようだ。フィルはスィンの視線に気づいたのか顔を上げる。ちょうど目が合ったので、スィンは帰るという意味を兼ねて軽く手を振った。その意図を正しく読み取ったらしいフィルが慌て出したが、そのまま外へと踵を返す。「あっ! あの、」
「スィンさん!」
 がっと手首を掴まれて、スィンは後ろに倒れそうになり足を止めた。声はフィルのものだったけれど、距離があった。では誰が。考えつつスィンは振り返る。
「あれ。ルック」
 意外な相手にスィンはきょとんと目を瞬かせた。今回遠征メンバーから外れていたし、夜になれば部屋に籠ってしまうことも多い。まさかここにいるとは思っていなかった。
「こんばんは」
 掴まれた手首を意識しつつ、スィンはにこりと笑う。ルックは少し機嫌が悪いように見えた。それでも挨拶に軽く頷くように顎を引き、「おかえり」と言葉を返す。
「あ、た、ただいま」
 少しくすぐったい心地になりながらもスィンも応える。ルックはまた軽く頷くと歩き出した。手を掴まれたままなので、自然と引っ張られてしまう。スィンは釣られて歩きつつ、「あの、ルック」と背中に声をかける。それでもルックの足は止まる様子がない。
「今日は泊まっていけば? もう夜も遅いんだから」
「それほど遅くもないよ。帰ろうと思えば帰られる」
「ビッキーならもう二時間は前から見かけないよ」
「そんなに大した距離でもないから。大丈夫だよ」
 心配されるほどでもない。そう言うと、ルックは漸く足を止めて振り返った。「君は……」と呆れたようにスィンを見やる。
「本当に鈍いよね……」
「なに。急に」
「急じゃないよ。まあ、分かってたことだけど」
 ルックは深く溜息を吐くと、「急ぎの用事があるわけじゃないんだろう?」と訊ねた。
 先程の言葉を言及したかったが、スィンは堪え「ないよ」とだけ返す。
「だったら食事に付き合ってくれない」
 ルックはさっさと酒場のほうへと歩き出す。訊ねつつも有無を言わせないそぶりに苦笑しつつ、スィンは快諾した。
 ちらりと後ろを振り返るとフィルはまだ人に囲まれている。何かしらの打ち合わせもあるのだろう。スィンの視線に気づいたフィルは、「泊まっていってくださいね!」と口の横に手を当てて大きな声を上げた。スィンは「はい」とも「いいえ」とも応えず、また軽く手を振り、ルックの後ろへと続いた。





 すっかり遅くなってしまった。思いながらスィンは窓辺から空を見上げた。少し欠けた月がこうこうと輝いている。
 食事を終え、促されて結局湯ももらった。こうなると身体は休息が欲しいと訴え出す。なし崩しにルックの部屋に泊まることとなった。
 別に無理に帰る必要はない。ルックにも言った通り、特に用事があるわけでもないのだし。好意に甘えてしまったって問題はないのだが、すっかりペースに乗せられてしまったように思う。スィンの考えを知ってか知らずか、ルックは素知らぬふりでテーブルで分厚い本を捲っている。
 もう皆休んでしまったのだろう。城は静かで、ルックがページを捲る音ばかりがスィンの耳に届く。ゆっくりと身体を覆ってくる微睡みに、ふぁ、とスィンはあくびを噛み殺す。
「寝る?」
 起きていてもすることもない。スィンは頷き、「ルックは?」と訊ね返す。
「もう寝る」
 ぱたりと本を閉じると、ルックは棚にそれを戻した。スィンはその間にベッドの壁際に寄る。ふたり並んで眠るときは、ここが定位置となっていた。ルックも続けてベッドに入り、灯りを消した。
 いつもならば、おやすみと言い合って眠るだけなのだけれど。
 スィンは少し考えつつ、「あのさ」と口を開いた。
「なに」
「そんなに心配してもらわなくても、大丈夫だよ」
「……何の話?」
 ルックがスィンのほうへと顔を向けた。灯りを消してしまっているから、窓から入る月明かりくらいしか光源がない。それでも怪訝そうな表情をしているのは分かった。
「遠征で、確かに少し疲れはあったけど、一晩歩き回ったりすることも珍しくないし、ここからグレッグミンスタ?までくらいだったらそんなに……」
「ちょっと待って」
 ルックはスィンの顔の前に手のひらをかざした。スィンは口を閉ざし、次の言葉を待つ。
「君まさか、僕がただ心配のためだけにここに泊まらせたんだと、まだ思ってるわけ?」
 まさかも何も。スィンは思う。「そうだろ?」
 ルックは暫く黙り込んだ。何かおかしいことを言っただろうかと考えるスィンを前に、ルックは口を手で覆った。そうしてはあ、と長く深い溜息を吐いた。
「君が鈍いのは今に始まった話じゃないけど」
「失礼だな」
「少しくらいは、僕が君を好きだっていったことを覚えていて欲しいんだけど」
 「そ」突然何を言い出すのか。スィンは視線を泳がせる。「それは覚えてるよ。というか忘れるわけないだろ」
 好きだと言われたし、好きだと言った。それほど前のことではない。
 今だってスィンは、ルックを前に落ち着くような心地だけではなく微かな緊張を感じてもいる。どうだか、と言いたげなルックの表情が腹立たしい。
 ルックの手がスィンの頬に触れる。軽く摘まれるようにして、スィンはルックに視線を合わせた。
「心配がないとは言わないけどね」
「うん?」
 ルックが何を言いたいのか分からない。あやふやに頷くスィンに、ルックは再度溜息を吐く。
「何だよ」
「一緒にいたかったんだってはっきり言えば分かるわけ」
「……分かりました」
 スィンは一瞬絶句し、言葉の意味を理解しきらないままに気の抜けたような返事をした。頬にじわじわと熱が集まり出す。灯りを消してくれていて良かったと心の底から思う。
(ああ、でも、無駄かな)
 ルックの顔を見てスィンは思う。きっと分かってしまう。分かってしまっている。けれど、それもお互い様なようだ。
 心臓が早鐘を打っている。呼吸の仕方さえ分からなくなって、胸が苦しい。
「えぇと」
「なに」
 ルックの胸に手のひらを当てる。ばくばくと鳴る脈の音が、自分のものと同じくらいの早さで少しだけほっとした。だから言葉はするりと零れた。
「好きだよ」
 静かな空気のなかで、それは綺麗に形作られた。触れていた手を引っ張られたかと思うと、ぎゅうと深く抱き込まれた。収まりかけた鼓動の早さが、今度は更に早くなっていく。
「だったら、もっと会いに来なよ」
 耳元で囁かれ、やっとの思いでスィンは頷く。そうして、どうしよう、と思う。眠気などとうに吹き飛んでしまった。こんな状態で眠れるはずもない。
 けれど重なる鼓動の音が気持ちいい。離れる気など毛頭なく、スィンはルックの背に手を回した。


end

2011.08.23


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