テッドとシエラが出会ったことがあったとしたら。という捏造です。
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闇の中、聞こえるのはフクロウが遠くで鳴く声ばかりだ。テッドは満ちた腹と微かに身体が引き摺る疲労感に地面に転がる。たまの静かなひととき。安らぐとまではいかないが、こうして空に浮かぶ月を見つめる時間が、テッドはそう嫌いではなかった。だからだろうか。彼女が近づくまで、本当に少しもテッドは気づかなかった。
先に感知できたのは、草を踏む音とすずやかな香り。気配を感じるのは一瞬遅れた。
「ふむ」
少女の声に、テッドは身を起こすことを忘れて目を見開いた。
「おんしが今の、ソウルイーターの宿主か」
「誰だ」
綺麗に伸びた背。つん、と逸らされた顎のラインに一瞬テッドは見惚れる。白い月を背にした彼女は、まるでそこから抜け出てきたようにすら見えた。しかしすぐに我に返り、テッドは首を振った。腰に手をやりナイフを取り出す。少女は頓着せず、一歩退いた。テッドは怪訝に思いながら起きあがる。構えは解かない。
「おんしと同じじゃ」
「同じ?」
「真の紋章の宿主」
テッドの手からぽろっとナイフが落ちる。それから少女の手に視線をやる。そうして眉尻をつり上げた。
「嘘だろ、そこには何も宿ってないじゃねえか」
「痴れ者。これには全く不愉快な事情があるのじゃ」
「何だよ、事情って」
少女は憂えたように瞼を下ろし、深く息を吐いた。「わらわが宿すべき紋章は、とある輩が盗み、不当に所持しておる」
「おんしも知っていよう? 真の紋章を望む者が多いことくらい」
「そりゃあ、まあ……」
「そうであろうのう。おんし自身、狙われる身ならば」
テッドは身体を堅くした。紋章は確かに不特定多数に狙われるくらい価値の高いものだ。けれど少女の言葉は、明らかに誰かひとりを指し示している。
「何故、知ってる……!?」
「長く生きて紋章について調べていれば否応なく耳に入るわ。門の紋章を持つ姉妹は有名じゃからの。特に姉の紋章使い??ウィンディは、ソウルイーターへの執心ゆえに随分と暴れたと聞く」
それでも今にも紋章を使いそうに身構えたままのテッドに、少女はふん、と鼻で笑う。
「随分と警戒する」
「当たり前だ」
少女の話はあまりに唐突すぎた。信じるに足る証拠があるわけでもない。ソウルイーターを狙うのは、何もウィンディだけではない。先程彼女自身が言ったように、真の紋章を狙う者など数知れず存在する。
「そもそも、何で俺がソウルイーターを持ってるって分かるんだ」
「においで分かるわ、そのようなもの」
「にお、」
絶句したテッドに「比喩表現じゃ」とシエラが呆れた顔をしてみせる。
「そもそも、わらわとウィンディを一緒にするでない。わらわがおんしの紋章を得たところで面白いことなどひとつもないわ」
テッドは唸りながら、それでも構えを解いた。どかっと地面に座り治す。少女もその姿に頷き、向かいに腰を下ろした。
「名は」
「テッド。お前は」
「シエラ。敬えよ。おんしより長いことこの世を知っておるのじゃぞ」
長いったって。テッドは肩を竦める。
「百年も二百年もそれ以上も、大した違いはもうねえだろ」
「礼儀を知らぬ子供じゃのう」
シエラは不満げに腕を組んだ。そうしてテッドの手の甲を??ソウルイーターをちらりと眺めやる。
「二百年を生きたか」
テッドは顔を逸らす。「もう正確には覚えちゃいない。ただそれくらいは、経った」
「月日を追うのは、まだ子供と言って差し支えなかろうのう」
テッドは見透かされたようでばつが悪くなる。確かに、もう正確な月や日にちを覚えているわけではない。それでも年は数えてしまう。あの日から、一年経つ度に、あとどのくらい、と先を見る。宛のない問いかけ。
「ソウルイーターを疎むか」
テッドは答えず、手の甲を見つめた。刻まれた不吉なかたち。一世紀以上の間も、テッドはこれと共に歩んで来た。けれど今でも、この紋章に複雑な感情しか抱けない。
シエラがテッドの頬に触れる。冷たい手。温度のないその力に促されるように、テッドは顔を上げシエラの瞳を見つめた。
月のような瞳がそこにはあった。感情を表さず、ただただ静かにこちらの揺らぎを映し出す。
「ならば手放すか?」
「いや」
考えるよりも言葉が先に雫れた。「俺はもう、覚悟を決めてる。一生、こいつと生きていく」
一生。その果てのなさにテッドは目眩がする。百年を生きた。そしてまた百年が経つ。何も変わらない。誰かが生まれ誰かが死んでいく間に、ただウィンディの気配を恐れ潜んで生きる。いつまでと考えると気が狂いそうになる。いつまで。
いつまで、ひとりで。
シエラの手がすっと離された。そのまま彼女は立ち上がる。
「たましいの緒を知っておるか?」
「何だそれは?」
「肉体と精神を繋ぐ鎖のようなものと考えればよい。同じように、紋章の宿主は紋章に繋がれる。望む望まざるに関わらず」
シエラはもうここを去るような素振りを見せた。テッドはとどめる言葉を探す。探しながら、なぜ、と思う。こんなに怪しい存在もいない。そう、自分が思ったはずなのに。
「俺はすでにソウルイーターに繋がれてるってことか」
「さて。どうじゃろうな」
シエラは曖昧に、それでいて意地悪く微笑む。自覚なく、テッドはその肩に手を伸ばす。シエラはその手に目を細めた
「同じように真の紋章の持ち主も引かれあうさだめにある」
「引かれあう?」
「わらわがおんしを見つけたようにの。分かる。相手のなかに懐かしいものを見つける。さしずめ兄弟のようなものじゃな」
きょうだい、という響きは随分と新鮮にテッドの胸に届いた。
血の繋がりなどない。何の関係もない。ただ真の紋章であるという、永遠に囚われた者という悲しい繋がりがあるだけ。それでもその言葉は、妙にテッドの心を軽くした。
「たましいの緒、」
先程の言葉を繰り返すと、シエラは目を見開いた。そうしてふっと笑う。「そうじゃのう」
「形は違えども、わらわたちはどこかで繋がっているのかも知れぬ」
それは恐らく、人々が触れることの叶わぬ超常の世界のことわり。
いままでひとりであったこと。そうして、これからもひとりであるということ。
そのことに変わりはない。
けれど、もう、その果てのなさに叫ぶことはないかも知れない。
放心した様子で立ち尽くすテッドに、ではの、とシエラは言う。
再度会うことがあるのかどうか、テッドには分からない。恐らくシエラにも。けれどももう、テッドは呼び止める気にはならなかった。ただシエラの背を見送った。
静かな月が、美しくその姿を照らしていた。
end
2011.09.05
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