いいじゃないかけち。
けちじゃありませんだめです。
そんな言い争いが聞こえて、あら? とリリーナはそちらに近づいた。聞こえなれた二人の声。――ロイと、ウォルト。
「どうしたの、ふたりとも」
リリーナがにっこりと微笑んで訊ねると、「あ、リリーナ」「リリーナさま」と異口同音に返ってきた。
「ウォルトが酷いんだ、キスしようって言ったのに嫌がるんだよ」
「嫌がるも何も、駄目に決まってるじゃないですか!」
いそいそとリリーナに言いつけるロイに、ウォルトが噛み付く。あらまあ、とのんびりリリーナは感嘆した。
「どうしていけないの、ウォルト。いいじゃないの、キスくらい」
「キ、キスくらいってリリーナさま!」
てっきり止めてくれると思っていたリリーナにまでそう言われて、ウォルトは混乱する。「ね、リリーナもそう思うよね」と、ロイなどは我が意を得たりと言わんばかりだ。
「好きならキスしたいって思うのは当然のことじゃない、ウォルト。違う?」
「いや、それは……違いませんが……」
いつの間にやら手勢が増えて、ウォルトはどうしたらこの場を逃れられるのだろうと真剣に考え始めた。ロイならばまだ駄目と言ってしまえばそれまでとなるのだが――。
リリーナはそうはいかない。
「違わないんでしょう? だったらいいじゃないの」
「問題はそこではないでしょう、リリーナさま。それにキスでしたら、おふたりでなさったらいいじゃないですか」
ここまでくると、ウォルトは殆どやけっぱちでそう言った。ロイとリリーナは将来を約束しあった二人――それこそキスでも何でも、おかしくない仲だ。
言われてふたりは、きょとんと互いに見つめあった。そして唐突にちゅ、と唇を重ねて、「だってもうしているし」とのたまう。
「折角だしウォルトともしたいんだよ」
「その折角の意味がわかりません」
「あら、丁度いい機会だから、私だってウォルトとしたいわ」
「何ですか丁度いい機会って……」
何とか反論しながら、自分が絶体絶命のふちに立たされ始めていることに、ウォルトはうすうす気付き始めていた。
いつの間にか右腕はロイに、左腕はリリーナに抱きかかえられている。
「おふざけが過ぎますよ、ロイさまもリリーナさまも!」
「往生際が悪いよ、ウォルト」
「そうよウォルト、もう諦めなさい?」
それは全く絶対の力を持って、ウォルトの耳に届いた。
軍内でも上位の回避率を誇るウォルトも、どうやらこの攻撃から逃れる術はなさそうだった。
end
2004/11/25
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