だから、そばに。

novel



 ロイは最近寂しそうね、リリーナは独り言めいた声でウォルトにそう呟いた。
 それがあんまり切なそうな響きを持っていたから、恋する女性はすごいなあなんて皮肉でも嫌味でもなくウォルトは思った。
 ――自分は、気付きもしなかった。




   

だから、そばに。






 ロイに割り振られた宿泊部屋の扉をコン、とひとつウォルトは叩いた。返事はない。
 扉のノブには手をつけず、ロイさま? と小さく声を投げる。
「ウォルトか」
 扉は難なく開いて、その先には少しバツの悪そうな主君の顔が見える。ウォルトは怒った顔を作ってみせて、居留守を使ってらっしゃったんですかと問い詰めた。
「ランスさまが捜しておられましたよ」
「うん」
「アレンさまも」
「うん」
 知ってるよ、とロイは言う。それはそうだろう、彼らはここに来たのだろうから。
「ロイさま――」
「小言なら後で聞くよ、ウォルト。ちゃんとこれから二人には会いに行くから」
 それから二人のときくらいは呼び捨てでいいと、ついでのように言われて、ウォルトはうっかり頷いてしまいそうになった。慌てて「出来ません」といつものように応えると、ロイはむくれたように頑固者、とごちた。
 どちらが、言葉に出さずにウォルトは思う。大体二人のときだけなんて、そんな器用なことお互いに出来はしないのに。まるで大人になりきれないこの感情のありようを突きつけられたようで、ウォルトは密かにずるいとさえ思った。それが不敬であると、分かっているのに。
 つられたように少し不機嫌になった様子のウォルトに、ロイは苦笑した。その苦笑の仕方に、ふと、つい先日のリリーナの言葉がウォルトの脳裏を過ぎる。
「ロイさまは、何かお悩み事でも――?」
 気付いたときには口から言葉が漏れていた。ロイは「え?」と目を数度瞬かせて、「何故そう思うの、」と問い返す。
「何か、悩んでいるように見えるかい?」
「その、先日リリーナさまが……」
 応えかけて、ウォルトは口を噤んだ。
 それは、違う。そういうことではない。――でも、では何だと言うのだろうか。
 表す言葉を見つけられずに、ウォルトはうなだれた。
「いえ、失礼を申しました」
 結局言葉を取り下げる。訳も分からずに、ただウォルトは悔しかった。
 俯いてしまった視線の先に、ぼんやりとした影が映る。あれ? と思う前に、ウォルトは背中に暖かい感触を知る。
「ロ、ロイさま?!」
「少しでいいよ、」
 少しでいい、だからこうしていて欲しいと、ウォルトの胸に顔を埋めたまま、ロイは小さな声で告げた。
「こんなときだ。誰でも、悩みはあると思う。それに僕は、こんなふうになってはいけないと分かってる」
 でも、
 ロイの手がウォルトの背中で震えた。思わずウォルトはロイの背を支えるように腕を添える。
「でも、時々恐ろしくなるんだ。――自分が正しいのか、不意に分からなくなる」
 もう振り返ることもできないと、分かっているけれど。
 「ロイさま……」呼びかけるでもなく呟きながら、ウォルトは自分で自分を罵りたい思いに駆られた。一体、自分は何を見ていたのだろう――この主君の肩には、どれだけのものが乗せられていると言うのか。
「誰かに分かってもらいたいと、そう思うわけじゃない。ただ――」
 縋りつく、その肩を貸して欲しいときがあるのだと、ロイは言った。
「ひとりではないと、そう思えるから」
 暗く呟くロイの言葉に、「ひとりだなんて、」と反射のようにウォルトが返す。
「ロイさまはひとりなんかじゃありません。皆、ロイさまのことを慕っておいでです」
 一息のうちにウォルトが言い募ると、ロイは苦笑したようだった。それから、「うーん」と今までのことはなかったかのようにけろりとした声で、「ウォルトがいちっばん遠くにいるように感じられるよ、僕は」と顔を上げて言った。
「えっ?! な、何でですか!?」
「自分の胸に訊いてみるといいよ」
「そんな……」
 ウォルトが呆然と自分の胸に手を当てている様に、ロイは笑う。そうして、息を呑んで、「ウォルト」
「また、こんな機会を貰ってもいいかな?」
 そのときの主君の目が不安そうに揺らいでいるから、ウォルトは「もちろんです」と素早く応えた。
 もっと気の利いたことが言えればいいのにと、ウォルトは心の奥で溜息を吐く。それでもロイが安心したように「ありがとう」と微笑んだから、まあいいかと微笑み返した。


end

2004/11/25

2005/05/17 改稿


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