novel



 食堂でトレーを受け取るなり、ルナマリアはくるりとあたりを見渡した。
「シン、」
 すぐに目当ての黒いくしゃくしゃな髪は見つかる。声をかけても、いつものことだからシンは気にしない。またルナマリアも返事がないことを気にしない。
 早足で近寄って、隣に腰を下ろすと、そのさらに隣にいたレイがちらりと視線を向けて、また下ろした。黙々と食事は再開される。
 ルナマリアは正面ににっこりと取って置きの笑顔を向けた後、ひとり膨れたようにフォークを弄ぶシンにコラ、と一声かけた。
「ちゃんと食べなさいよ」
 むすっとしたシンがフォークをぷすりと人参に立てた。返事はない。
 全くもう、と溜息をついて、「またアスランさんに突っかかったんだって?」と最近毎日言っているような科白を口に乗せた。いい加減うんざりするくらい言っている気がするから、言われる方もうんざりしているだろう、ルナマリアは視線をレイに向けた。
 レイも溜息とともに瞼を伏せる。
「別に……」
 突っかかってなんかないし、と膨れるシンは、全くもって子供のようだ。
 あんたねえ、と言いかけたルナマリアを遮って、「大体ルナには関係ないだろ」とまたまた最近お馴染みになった科白。
 ルナマリアは不満を顔に表して、どうなの、とばかりにレイを見た。
 黙々と食事を終えたレイはちらりと沈んだ観のあるシンの頭を見て、「あれは喧嘩を売った以外の何ものでもないな」とぽつり。
「……ッレイ!」
 がばっと勢いよくシンが顔を上げてみせても、レイは何食わぬ顔で言いたいことは言ったとばかりに席を立つ。
 正面に向かって目礼をひとつ。それからふたりには何も言わずに行ってしまった。あっちはあっちで相変わらずねとルナマリアも食事を終える。
「まあともかく早く謝っちゃいなさいよ? どうせまた子供っぽいことでも言ったんでしょ」
「違う! 子供って何だよ!?」
 子供じゃない、と言いかけてルナマリアは思いとどまる。
 子供に子供って言ったところで逆効果だ。――なら?
「またシン、何か失礼なこと言いました?」
 ルナマリアは大きな瞳はくるりとさせて、悪戯っぽく向かいの席に座る最近上司となった彼に問う。彼は彼で翠色の瞳を見開いたまま、ぽかんとしていた。このエースパイロット三人のやりとりなど、もう慣れただろうに。
「ルナ!」
 がう、とばかりにシンが噛み付く。その声にはっとしたように「いや、」と彼はゆるりと首を振った。
「どちらかと言えば、俺が悪かった」
 すまなかったな、と彼は微笑にも似た表情でシンを見た。シンは「別に」とそっぽを向く。
 ルナマリアはこっそりと笑いそうになる口元を覆った。ああ、もう、なんて素直じゃないんだろう。
 しかし覆っても、シンには分かってしまったようだ。ルナ、とシンは怒ったように立ち上がり、ちらりと目の前の彼を見やったかと思うとトレーを持って立ち去っていく。
 シンの背中を見送りながら、くすくすとルナマリアは漸く声に出して笑った。
「何だったんだ……?」
 彼の言葉に笑いを収めて、「失礼しました」とルナマリアが言うと、彼はきょとんと彼女へ視線を向ける。
「アスランさんが、何かシンに言ったんですか?」
「言ったというか……まあ、ちょっと」
 アスランが、誤魔化すように苦く笑う。ルナマリアは首を傾げて見せた。
「でもずっと一緒にいたんですよね?」
「あ、ああ」
 くっついて来たから、と不思議そうにアスランも首を傾げた。今更気付いた、そんな様子。
「そういえば顔も見たくないというようなことを言われたような気がするな……」
 なのに何故わざわざ目の前に座ったのか、アスランには分からない。
 頭を悩ませているらしいアスランに、ルナマリアはこっそり首を竦めた。

 この様子じゃ、きっとシンがいっつもまわりをちょろちょろしている理由も気付いてないんだわ。
 ――でも。

「あ、そうだアスランさん!」
 ルナマリアはアスランのほうへと身を乗り出す。シンの為に、自分が引いてやる理由もなかった。
「この後、時間あります? 良かったらまた射撃の訓練、指導していただきたいんですけど」
 にっこりと笑って訊ねれば、構わないよ、との返事。
 礼を言ってルナマリアはさっさと約束を取り付ける。そうしてまた射撃場で会う約束をして、ルナマリアは食堂を出た。
 すると食堂を出るなり、腕を掴まれる。「わ」
 振り向けば、予想に違わずくしゃくしゃな黒髪の、子供なエースパイロット。
「なーに、シン」
 止まる気配も見せずにルナマリアは言う。シンは悔しそうに、黙り込んで、でもルナマリアの後を追う。
 その様子に、仕方がないなあとルナマリアは心の中で嘆息する。まるで気分はどうしようもない弟を持ったみたいだ。きっとシンは、誰が弟だと言って、噛みつくのだろうけれど。
「三十分後に射撃場よ」
「え?」
「別にそれまでにアスランさんのとこ、襲撃したっていいと思うけどね」
 ぱっと離れた腕。「誰がそんなことするかよっ!」との罵声を背中で受け止めて、ルナマリアはひらひらと手を振った。
 かの有名なアスラン・ザラに興味があるのは自分だって同じことなのに。そう、ルナマリアは苦笑せずにはいられない。
 まあでも仕方がない。と何だかよく分からない理屈見たいなものを自分に説いて、レイも誘ってみようかしらとルナマリアは真っ赤な顔をしたシンを廊下にひとり置き去りにしておいた。


end

2005/02/23


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