「あ。隊長」
後ろから呼びかける声にアスランが振り返ると、ルナマリアがちょうど駆けて来る。
「今から食事ですか?」
振り返ったアスランの腕に自分の腕を絡ませるようにして、ルナマリアは隣に並んだ。慣れたことなので、アスランは仕方なさそうに笑った後、頷く。
「ご一緒しても構いませんか?」
「最初からそのつもりなんだろう?」
アスランの切り返しに、ルナマリアは軽く笑った。それから「それにしても、」と前置きをして話題を変える。
「隊長って、意外とスキンシップ慣れしてますよね」
「スキンシップ慣れ?」
アスランが首を傾げたのに、ルナマリアは「こういうのとか、」と組んだ腕を示す。
「抱きつかれるときも、抱きつかれる前に態勢が整っているし」
「そうか?」
「そうですよ。この間メイリンだって抱きついていたじゃないですか」
メイリン? とアスランは瞬きをした。記憶を探るが、抱きつかれた覚えがない。
ルナマリアが言っているのはディオキアでのことだが、アスランとしてはあれは抱きつかれた内に入っていなかったためだ。
そんなアスランの様子に構わずに、ルナマリアは続ける。
「ラクスさまで慣れてらしたんですか?」
更に抱きつくという単語から遠い女性を出されて、アスランは眉根を寄せた。
ラクスに贈ったハロに散々飛びつかれた覚えはあるが、ラクスに抱きつかれたことは数える程度だ。ラクスとは、穏やかに話を交わすことのほうが多かった。
「ラクスは、あまりそういったことは、」
「抱きついてたじゃないですか」
ホテルで、と不機嫌に付け足された言葉に、漸くルナマリアが示す人物がミーアであることがアスランにも知れた。
確かにミーアはやたらくっついてくるし、機会があれば抱きつきもする。だが彼女はあくまで婚約者であるフリをしているだけだ。そう告げるわけにもいかず、アスランは軽く嘆息した。
「俺がスキンシップになれてるとしたら、それは幼馴染みのせいだよ」
「幼馴染み?」
思ってもみなかった人物に、ルナマリアが目を見開く。興味を引かれたらしい彼女にアスランは頷いた。
「甘ったれなんだ。くっついてないと安心しないようなやつで」
背中から抱きつかれたり、手を繋いで歩いたり。小さな頃はいつも一緒だった。
あの体温に想いを馳せると、酷く懐かしい。
「へぇ。その人は今はどうしてるんです? やっぱり軍に?」
「いや、……今は、オーブにいるよ」
正確にはいた、と言ったほうが正しいだろう。今は何処にいるのか、行方が知れないのだから。
しかしそこまでは教える気にならず、アスランは曖昧に笑った。
アスランが誤魔化したことを何となく悟りながら、ルナマリアは追求せずに「じゃあ」とその翡翠色の瞳を覗き込む。
「今は少し寂しいんじゃありません?」
「え?」
「だっていつも一緒だったんでしょう?」
そういった存在が急にいなくなったら寂しいでしょう?
訊ねてくる青い瞳に、アスランは少し慌てて首を引いた。
「いや、そもそも、あいつとは13のときに別れてるから」
しかし考えてみれば、その頃は確かに寂しかった。アスランの大半を占めていたキラという存在がいなくなって、心にぽっかりと穴が開いたような気持ち。
あの体温に安心していたのは自分かもしれないと今更ながらに思い至って、アスランは苦く笑う。
「軍に入ってからはそれどころじゃ――」
ないと言いかけてふと、アスランは気づく。
軍に入ってから。
そう言えばよく、ニコルは今のルナマリアのように腕を組んだし、ラスティは抱きついてきたし、ミゲルには頭を撫でられた。
ルナマリアはそれを聞いて、思わずといったように噴出す。
「じゃ、やっぱり今は寂しいくらいかもしれませんね」
アスランは横に衝撃を受けながら、「そうでもない」とルナマリアが腕を組んだときのように笑った。
何があったのかとルナマリアがアスランの顔から反対側の腕のほうに視線をやると、黒い髪とふくれっつらが見えた。赤い目が、ルナマリアを睨んでいる。
「シン!」
「何やってんだよルナ!」
彼の様子に、ルナマリアもアスランと同じように笑った。向けられているのは敵対心ではない。単に拗ねてるだけだろうと、日常からして分かる。
シンと一緒に食堂に向かっていたらしいレイが、その横に並んで両腕にエースパイロットをぶら下げている上司を見やる。
「レイも抱きついてみる?」
ルナマリアが笑って問い、アスランが慌てる。今でさえ身動きが取りにくいのに。
するとレイが僅かばかり同情の念を見せて、「おつかれさまです」と言った。
end
2005/03/22
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