知らない、癖

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 絶対的に足りない、なにか。




   

知らない、癖






 キラの部屋で、キラとアスランはふたり、ベッドに腰かけた。ドアを閉めてしまえば密室。沈黙が息を詰めるように降りてきて、アスランは知らず視線を彷徨わせた。
「でも、僕だってアスランの見たことない癖とか、あるよ」
 ぽつり、キラから落とされた言葉はきっと先程からの続き。アスランは息を吐くように「そうか」と呟く。
「勿論、知ってるところとか変わってないところとかもいっぱいあって、アスランはアスランだなあって思うけど」
「何だ、それ」
 キラのおどけた様子に、アスランが軽く噴出す。隣にいるキラは、アスランの手に自分の手を重ねるようにして、握った。「このひんやりした体温とか」
「安心する。アスランがそばにいると、それだけで」
 その言葉を噛み締めるように、アスランは瞼を下ろす。するとすぐに気付いたように、「それ」とキラが言った。
「そうやって、瞼閉じる癖は、僕は知らない」
「くせ、か? これ」
「案外、気付かないもんだよね、自分で自分の癖って」
 目を瞬いて首を傾げるアスランに、キラは笑う。「アスランがその仕草をするの、よく見るよ」
「そのたびに、ほんとは思う。三年て長いなって」
 だってそうでしょ、とキラはアスランを覗き込んだ。
「三年の間に、アスランは色んなことを知ったり、感じたりして、考え方や仕草は変わってしまうから」
「キラもな」
「うん」
 握られた手が暖かい。アスランはそれだけで、ふいに心の何処かが和むのを感じる。シーツを確かめるように、アスランは少し、指を折り曲げた。
「でも、本当はそういうのってずっと自分のなかにあったものなのかも知れないとも、思う」
「ずっと?」
 ずっと、とキラは頷く。
「見落していたのかも知れないし、そのときはまだ、現れてなかっただけかも知れないって」
 アスランは、ゆっくりと瞳を閉じた。癖、と言われればそうなのだろう。そう思いながら。
 見落としていたもの、現れていないもの。まだきっとキラのなかにも、アスランのなかにも眠っている、なにか。
 キラの強さは、確かにそういったものだ、アスランは思う。柔らかくけれど硬質な優しい強さ。昔から垣間見た、今、確かに現れようとしているもの。
「アスランは――」
 キラの言葉に、アスランが瞼を上げる。キラの瞳が少しだけ揺れて、アスランを捉えた。
「それでも僕を、友達だって、思う?」
 問いかけに、アスランがきょとんとキラを見返した。何を、と当たり前のように返そうとしたけれど、それよりも早く、視線の先でキラが微笑んでみせた。
「僕は、そばにいたいけど、友達だって言われたら寂しいんだ」
「な、んで」
 取られた手に触れる暖かさ、指一本一本の感触が、どうしてか急にアスランを動揺させた。身体ごとアスランへとむいたためか、キラの手がより強く、アスランの手をつかんだ。
「それじゃ足りないから」
「足りない? 足りないって、何が」
 何だろう、とキラはくすりと笑った。疑問を発しながら自分で答は知っている、そんなふうに。
 アスランは茶化されたように感じて、少し憤る。
「キーラ、俺は結構真面目に話してたんだぞ」
「うん、僕も真剣に話してるよ」
「なら、っ」
 続くアスランの言葉を遮るように、キラが、アスランの手を握っているのとは別の手で、アスランの頬に触れた。その指は前とは違い、輪郭をなぞって顎を押し上げる。
「キラ、」
 焦るように、アスランが名を呼ぶ。キラは少し笑って、アスランの頬に口付けた。顎にかけた指を、ゆっくりと外す。
 キラの目の前で、アスランの顔が赤く染まった。キラはその様子にやっぱり笑って、「多分ね」と手品の種明かしのように、ひっそり告げる。
「アスランの友達じゃ、足りない」
「じゃあなんなら足りるんだ、」
 紅潮した頬のまま、アスランが怒ったように言う。キラは外れてしまいそうな視線を無理に合わせた。
「名称なんて何でもいいよ、恋人でも親友でも。別に、友達だって」
「言ってることが矛盾してるぞ」
「一番そばにいたいんだ」
 ただそれだけでいい、とキラが言う。「アスランの癖も、何もかも、全て知っているようなくらい、そばにいたい」
 言いながら、キラがアスランの肩を押す。アスランは背中に当たる柔らかさを感じながら、馬鹿だな、と呟く。自由なほうの手を伸ばして、キラの目元を拭った。
「泣くなよ」
「アスランじゃなきゃ泣かないよ」
 アスランは微笑む。漸く分かったように思った。
 キラは、キラ。
 でもきっと、足りないのだ。アスランも、キラのように――『今』のキラとは、友達では、足りない。
「そばにいるよ」
 泣かなくてもいいと、その背中を引き寄せるようにアスランは言う。
「俺もそばにいたいから」
 キラの瞳が大きく見開いて、眦から一粒涙が零れる。それがアスランの頬に当たり、今度はキラが、それを拭った。
 それから、頬ではなく唇でキスをした。

 知らないキスだった。


end

2005/02/25


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