ミーティングも終わり、という頃。
じゃあ食事にするかと皆が席を立とうとしたのを、ニコルが止めた。
「相談したいことがあるんですけど」
年下の珍しい頼みごと。
アスランは普段は余り見せない穏やかな顔で「何だ」と訊ね、興味があったのかイザークとディアッカも席に残った。
ニコルはその三人の顔を順繰りに眺めやり、いつもと変わらずにこやかに問いかけた。
「皆さんはどうやって愛を語るんですか?」
……アイ?
吐き出された単語に、一瞬にして空気が固まる。
アスランは眉間にシワを寄せて真剣に考え込み、イザークは突拍子もない問いかけにか硬直した。
「何だニコル、意中の相手でもいんのか?」
知っていてあえて訊ねるディアッカ。
顎に手をやり考え込むアスランを見やり、ニコルへと視線を移す。顔は面白そうだといわんばかりに、にやけている。
「ええ。そろそろ伝えておかないとと思いまして」
挑発的に、ディアッカを睨みつけ、また正反対に愛おしそうにアスランを見やった。
やりとりに気付かないのか、真剣に考え込んでいるようだ。
「たとえば、イザークなんかどうです? どう、伝えるんですか?」
「はっ!? ……はっ!?」
いきなり話を振られ、硬直していたイザークが動き出す。
意地悪そうに――しかし端からは分からないように――ニコルは首を傾げてみせた。
「なっ、何故俺がそんなことに答えなきゃならない!」
すると考え込んでいたアスランが顔を上げる。
「イザーク。そういう言い方は良くないだろう。もっと真剣に考えろ」
「なっ!?」
可愛い弟分のため。
アスランは必死だ。イザークにしてみれば、面白くないことこの上ない。
「だったら貴様はどうなんだ!? 婚約者の一人もいるんなら答えられるだろうがッ!!」
怒ったように、イザークはアスランに指を突きつけた。
「婚約者って、……まだ根に持ってるんですか、イザーク」
「ね、根に……」
「そんなおおっぴらにいうことじゃないんですから、いいじゃないですか。そんなにかりかりしなくったって」
ニコルの発言に、「俺は根に持ってるわけじゃない!!」とどうにも信憑性の薄い発言をし、イザークは肩を上下させた。どうやら息が切れたらしい。
「まあ、でも、僕も気になります。アスラン、ラクス嬢とは、どんなふうに言葉のやり取りをするんですか?」
ラクスと?
ぼんやりとアスランは考え込み、「別に語ったりは……」と首を振った。
「なんかあんじゃないの? 好きだとか愛してるだとか」
ディアッカが茶化す。ぎろりとイザークがディアッカを睨み、ニコルはどこか期待したようにアスランに詰め寄る。
「ああ、まあ、好きだとかは……」
以前に、会いに行ったとき。
ハロに囲まれるアスランに、ラクスがくすくす笑いながら言った。
『私もハロも、アスランが大好きですのよ』
ハロにはそんな感情はありませんよ、と毎度のように断ってから、
『僕もラクスのことが好きですよ』
と応えた。
「おおーあるんじゃん」
ひゅぅ、とディアッカが口笛を吹く。
ニコルが「ちょっと黙っててくださいディアッカ」と冷たい声で言った。
「でも、ニコル。本当に相手に気持ちを伝えたいのなら、はっきりそう伝えるのが一番だと俺は思う」
「アスランならそうしますか?」
とろけるような笑顔でニコルが訊ねる。アスランは小さく頷いた。
現在の意中の人間から伝えられたことのないイザークが角のほうでショックを受けていたようだったが、ニコルにはもはやどうでもいい。
「やっぱりオーソドックスなのが一番か……」
ぼそりと呟き、アスランの手を両手で包むように取る。
お、とディアッカが目を見開く。
「ニコル?」
「……愛してます、アスラン」
びしり。
二度目の凍結が生じた。
いや、イザークが凝り固まっただけだが。
「ああ、ありがとうニコル」
そんなイザークなどお構いなしに、ふわりと微笑んでアスランが応える。少し照れた様子。
「……」
「どうした、ニコル」
この流れで来ているのに、どうにも意味がわかっていないらしい。
友愛の意味ですか。違うんです。違うんですよ、アスラン。
まあ、そんなことだろうなあと思っていたけど。
ニコルは「いいえ」と言いつつ、胸中で盛大に溜息をついた。
「まだ眼中外なのか……」
ぶつぶつと今度はニコルが考え込んで呟く。アスランが小首を傾げると、やはり角の方で固まっていたイザークががばっと立ち上がった。
「アァアスランッ!!」
呼ばれた本人は、何だ、というように視線をやる。
呼ばれていない二人も気になって振り返った。
「……お、俺は、」
くやしそうに、ぎりっと歯を噛み締め、
「俺は貴様なんぞ大嫌いだッ!」
「? 知っている」
「っ」
さらりと流され、イザークが言葉に詰まる。
くっ、と悔しそうに顔を背けたかと思うと、そのまま部屋を飛び出していった。
「あーあ」
毎度のことながら、と思いつつディアッカが追う。「あんまりイザークいじめんなよ」とニコルにぽつりと漏らした。
「ニコル?」
「何ですか、アスラン」
労せず二人きりになれ、上機嫌になったニコルがやはり笑顔で応える。
「イザーク泣いてなかったか?」
「気のせいでしょう」
「そうか?」
半泣き状態で駆け出していった同僚を不思議に思い、アスランはドアの方を眺めた。
「そんなことより!」
ぱっ、と立ち上がって、ニコルがアスランの腕を取る。
「ご飯、食べに行きませんか?」
はっとして、アスランも立ち上がる。「そうだな」
そして、二人仲良く食堂へと出向いていった。
end
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