君の、となり

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 歳を取らないってどういうこと?




   君の、となり




 問えば、ルックは顔を顰めて見せた。
「どういうことって、どういう意味さ」
「意味と言うか、気持ちかな」
 さらりとスィンは言ってのけて、石版の文字を辿った。
 ルックは軽く溜息を吐く。これが例えば他の誰かに言われた言葉なら、関係ないと言ってしまえばそれで終りなのに。
「いまいち良く分からないんだ、まだ」
「僕なら分かるって?」
「少なくとも僕よりは紋章について詳しいだろう」
「紋章ね……」
 ルックはスィンの手袋に包まれた左手を見つめた。自身も紋章の使い手であるというのに、どうしてか紋章という響きが好きになれない。
 ルックの視線を追って、スィンは左手を胸の辺りまで上げた。
「テッドは苦しそうだったよ」
「……そう」
 おざなりに相槌を打ってから、ルックは続きを言うべきかどうか迷う。
 けれど、言わずともスィンは分かったようだった。微かに息を吐いて、微笑う。
「確かに、紋章がなければ、僕とテッドが会うこともなかったんだけどね」
「世界に『もし』なんて存在しないよ」
「知ってる」
 言い出したらきりがないことだった。
 もし、あのとき。なんて。
「紋章の必然の前には、何も意味がない」
 ルックは何も応えずに、スィンの横顔を見つめた。彼が歳を取らない分、身長差は縮み、視線の高さが近づいたことに改めて気づく。
「――良かったんじゃないの」
「? 何が」
「最後に君に会えたから」
 言ってしまってから、ルックは舌打ちした。全くガラにないことを言ってしまった。
 しかしスィンは、ルックの言葉と態度に訝しげな表情を浮かべる。「それこそどういう意味、だよ。ルック」
「何も良くないだろう。僕に会ったからと言って、何かが変わったわけじゃない。暗転したくらいだ」
「そこにある紋章が全ての意味だと思うけど?」
 仏頂面で、ルックは続ける。
「300年かかったけど、全てを委ねても安心できる人間に会えたんだろ」
「それは、」
「そうでなければ、今、君の手に紋章はないはずだよ」
 きっと、ひとひとりの人生くらい軽く歪めてしまえるようなもの。
 それを委ねても大丈夫だと、信じられる人間に会えたこと。
 スィンは口を噤み、難しそうな顔をして紋章を見下ろした。それは単に紋章を見るための行為なのか、その先の誰かを見ようとしているのかは、ルックには分からない。
「大体、魔術師の塔に来たときの、バカみたいに楽しそうな顔を僕は見てるんだよ」
 それを知らなければこんなことを言わなかっただろうか。考えてルックはひとり笑った。『もし』などないと、言ったのは自分だ。
 スィンはまだ小難しい様子を眉の辺りに残したまま、口を笑みの形に歪ませた。
「ルックが言うと、全部が全部正しく聞こえる」
「あのバカみたいな笑顔が演技だって言うんなら、そいつは余程歪んでるんだね」
「そうじゃないよ」
 スィンはくすりと笑みを漏らす。「そうじゃなくて」
 ルックは黙った。続きの言葉がないのは分かったけれど、黙っていた。スィンの横顔は力が抜けて、穏やかになっている。
 スィンはちらりとルックを見て、目が合うと嬉しそうに照れたように笑った。
「ありがとう」
「別に」
 礼を言われるようなことでもないと、ルックは視線を逸らす。
 スィンは咎めるわけでもなく、ルックの肩に自分の肩を静かに当てた。寄りかかるのではなく、触れる位置。
「ルックと会うのに、300年かからなくて良かった」
「――へえ?」
 どういう意味、とルックが再び問う。スィンは迷いなく口を開いた。
「300年先でも、一緒にいたいからね」
 笑顔で応えられて、ルックはガラにもなく赤くなる。
 しかし舌打ちはでなかった。


end

2005.09.01


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