きらきら ひかる

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 城内はお祭りのような騒ぎになっていた。食堂からどんどん食事が、あるいは食材のままに運びだされ、みながあちこちでアルコールを煽っている。馬鹿笑いも泣き笑いも聞こえた。その場のテンションは異様なくらいだった。
 フリックはひとりアルコールの入ったグラスを手に壁にもたれていた。皆のようにはテンションが上がらない。勝利を獲たことは嬉しい。今回はひとつ大きな壁を乗り越えたと思う。相手は、赤月帝国最強と謳われた鉄甲騎馬隊だったのだから。
 軽く息を吐く。あまりうまくアルコールが染み入らない。
 視線の先では軍主が、仲間の手でもみくちゃにされていた。頭を撫でられたり脇を突かれたり酒をかけられたり。軍主は適当にいなしながら、皆に声をかけていく。祝福の叫びが聞こえる。
 フリックは酒を舐める。苛立ちがもやもやと沸き上がり、消える。自分がこんな怒りを感じるのは、おかしな話だ。
 知らなかったなら。フリックは思う。あるいは、また別のかたちの解決だったのなら。――仮定の話ほど意味のないものはないのに。
 だが、そうだとしたなら、フリックは皆に混じって笑い声を上げただろう。軍主を担ぎ上げさえしたかもしれない。
(勝手なもんだな)
 自嘲に口の端が歪んだ。勝ちは勝ちだ。勝つためなら何だってする、相手が巨大ならば、なおのこと。
 酔えない酒に苛立ちが募る。飲み干してグラスを放って、もう部屋に戻ろうかとさえ考える。すると不意に目の前に別のグラスが差し出された。急なことにフリックは驚き、一歩後ろに下がった。隣にはいつの間にかクレオが立っている。不機嫌そうだな、と思いつつ、フリックはグラスを受け取った。もっとも、自分の前でクレオが機嫌が良さそうだったときなど、そうそうないのだが。
「いいのか?」
「何が」
「あれ」
 あれ、と言いながら、フリックは視線を投げただけだ。クレオは特に何も応えず、グラスを傾ける。フリックも一口啜った。酸味の強いワインがするりと喉を通っていく。
「坊ちゃんは自分の役割を心得てるよ。マッシュもいる」
「その割に納得してなさそうに見えるが」
 クレオはくいっと残りを一気に飲み干した。自棄、というよりも苛立ちが強く見える。「できるわけないだろう」
 それはどういう感情なのだろう。フリックは思う。クレオとの付き合いは親しいと言えるほどのものではない。仲間で、信頼はあるが、スィンに対するはじめの頃の態度が悪かった自分は、あまり好かれていないように感じる。それでも彼女のスィンに対する親愛の情がとても深いことを知っている。だが解放軍への参加が、その情だけでないのも知っている。
 納得できない、割り切れないーーそれはテオの死への悲しみか、スィンの立場への痛みか。あるいは。
 クレオはじっとスィンを見つめている。横顔を窺ったフリックはそのまま微かな涙の跡を見つけて、少しばかり動揺した。
「こうなることがあるだろうと、坊ちゃんと話し合ったことがある」
「いつ」
「可能性については、割と最初からだね。きちんと話し合ったのは、グレミオのことがあって少ししてからだよ」
 どうしてクレオが自分にこんな話をするのか。不思議に思いながらも、フリックは続きを促した。気になったからだ。
「最初の頃は割と、楽観的な話もしたと思う。坊ちゃんが国を追われたのも国の状況も、テオ様なら話せば分かってくれるだろうと思っていたし、ふたりは、まあ、親子だからね」
 フリックは、クレオがこちらを見ていないと知りつつも頷いた。帝国五将軍のひとり、テオ・マクドール。あんなに近くで見たのは、あのときが初めてだった。――似ている、と思った。顔立ちよりも、雰囲気や立ち振る舞いにそれらは感じられた。ぴんと伸びた背筋。揺るがない瞳。重厚な存在感。
「でも、坊ちゃんはテオ様は自分を許さないだろうと言っていたよ。テオ様は、バルバロッサ様に揺るぎない忠誠を誓っている。その信念を曲げることはないだろうと」
 一息に言い募り、クレオはふっと肩の力を抜いた。壁に寄りかかる。フリックはワインを口に含む。そうしてふと、スィンがいなくなっていることに気づいた。あたりはまだ騒いでいるが、忽然とその姿だけが消えている。
「坊ちゃんは、こういう日が来ることを覚悟していたはずだよ」
「あんたやパーンは違うのか?」
「していたさ。でも一方で、そんなことにならなければいいとも思っていたね」
 酔っているのだろうか。クレオの言葉は、どこか独り言めいていた。青白い顔も気になる。
 無理に出てくる必要もなかっただろうにーーそう考えてから、フリックは改めてクレオがここにいることを不思議に思った。彼の死を悼むものたちは、自室で、あるいはこの騒ぎが届かないだろう別棟で、静かに過ごしているはずだ。
「なあ」
「なんだい」
「何で、俺に話したんだ?」
 特別信頼されているとも思わない。けれどクレオはフリックに呆れた顔を向けた。「そこまで言わなきゃ分からないほど野暮なのかい?」
「私やパーンじゃ駄目なんだ。逆に気を使われてしまうから」
 それはあまり応えになっていなかった。だがフリックは、部屋に戻ると言うクレオを引き止めることはしなかった。
 すっかり温くなった残りのワインを飲み干す。騒ぎは落ち着いては来たものの、まだ続いている。もしかしたら、明朝まで続くかも知れない。
 ――けれどもう、ここにスィンは戻っては来ないだろう。
 少しだけ考えて、フリックはその場を後にした。


2011.11.09


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