「まさか泣くなんて思わなかった」
もう何度目になるか分からないスノウの呟きに、リドはテーブルに突っ伏す。
「もう勘弁してくれないか。スノウ」
「何で。いいじゃないか」
「それこそ何でだよ。ちっともよくない」
「いいじゃないか。可愛いよ、リド」
スノウに可愛いと言われてしまった。リドは声にならない悲鳴を上げる。
なんという失態だろう。
まさかこんなふうに泣いてしまうなんて、リドは自分でも思っていなかったのだ。
二回目の『大嫌い』は相乗効果で意外なほどに胸を突いた。
何だかんだ理屈をこねたって仕方がないことが、それで漸く分かった。
分かってしまった。
「あー……もう」
「そんなに僕に泣き顔を見られたくなかったのかい?」
「うーん。まあ」
泣き顔なんて誰にも見られたくないものだ。スノウの機嫌が一転していいことを不思議に思いながら、リドはこっくりと頷いた。
「そう? でも僕は良かったと思ってるよ」
リドは徐に身を起こしスノウを見つめた。
スノウは笑みに自嘲を滲ませて、肩を竦める。
「昔から、何かにつけて君は器用で、僕よりいろんなことが上手かっただろう?」
そうだろうか。リドの否定しかけた口を、スノウは手をかざすことで止める。
「いいんだ。知ってる。それくらいのことは僕だって分かってた。でも、認めたくはなかったし、それにその、君は、僕のことを馬鹿にしてるだろうって思ってた」
「そんなことないよ!」
今度こそ、リドは慌てて否定した。その必死さにか、スノウは笑って頷く。
「うん。知ってる。というか、分かったよ。リドは僕のことが好きなんだね」
リドは何とも言えずに再びテーブルに沈没した。
何の拷問なんだこれは。
頬に赤く染まっているのが、見なくともリドには分かった。
「リド?」
スノウはリドの顔を覗き込んで、くすりと笑み零す。
「まあ、いいじゃないか。そういう可愛いところがあるほうが、僕は好きだよ」
「……本当に?」
リドは全く熱の引かない頬を持て余しながら問う。何だか余裕を持つスノウに恨みがましい気持ちが声音に滲んでしまった。
スノウは少し遠いところを眺めるように頷く。
「君の事を嫌いだと言ったあのときは、本当に嫌いになってしまいたかったけれど――」
スノウは苦いものを飲み込むような顔をした。
リドも似た表情になった。やっぱり嫌いだと言われるのは、痛い。
「君の事をちゃんと知らない僕が、君を嫌いになるのはおかしいよね。それに僕は、君に嫌われこそすれ、君を嫌う理由なんてないんだ」
好き嫌いという、本能的な感情さえ理屈で唱えてしまおうとするスノウが、リドにはおかしかった。
リドはゆるゆると首を振る。
「嫌いじゃない」
「……リド、僕はずっと君に謝りたかった」
「スノウ……」
「ごめん、リド」
目を伏せて、スノウは頭を下げた。リドはぎょっとして体を退く。
「いいよ、やめてくれスノウ。そんなことする必要なんてないんだから」
スノウはゆっくりと顔を上げた。
リドは戸惑いながらスノウを見つめる。こんなことになってしまったことが、リドには本当に不思議だった。
「僕たちは、これからちゃんと向き合えるかな」
スノウはぽつりと言う。リドは困惑のまま、慌てて頷く。
「じゃあ、僕たちは、これから、ちゃんと友達になれるかな」
スノウはおずおずと、リドに視線を合わせた。そのことで、漸く、スノウはそれが言いたかったのだと、リドには分かった。
何だかくすぐったい気持ちだ。照れくさかったけれど、リドはスノウから視線を逸らさずに頷いた。
「もちろん。これからもよろしく、スノウ」
「よろしく。リド」
スノウが肩の力を抜いて、安堵の様子で微笑む。
落ち着いていて、穏やか。すっかり丸くなった空気。そういう、変わってしまったものをリドはやっと、違和感なく取り込むことができるような気がした。
end
2006.04.01
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